2012/03/07

楽園のカンヴァス/ 原田マハ

楽園のカンヴァス
  原田マハの小説は「カフーを待ちわびて」と「キネマの神様」しか読んだことはなかったのですが、前者は私の大好きな沖縄の風景が心の琴線に触れ、後者は父が映画館を経営していたこともあり、もちろん大の映画好きということもありでこれまた琴線に触れで、心地よい「やられた」感のある作品をお書きになる作家だな、という印象を持っていました。
 「楽園のカンヴァス」はその彼女の最新作で、いよいよ満を持して「画家と絵画」をメイン・テーマに持ってきました。というのも彼女の公式サイトの長い自伝を読んでいただけるとわかりますが、彼女自身キュレーターなんですね。ちなみにキュレーターとは

欧米の博物館(美術館含む)、図書館、公文書館の ような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職(Wikipediaより)

のことを言います。閑話休題、本作はアンリ・ルソーピカソの二人の偉大な画家へ捧げたオマージュとなっています。

 梗概をAMAZONの解説より引用しますと

『ニューヨーク近代美術館の学芸員ティム・ブラウンは、スイスの大邸宅でありえない絵を目にしていた。MoMAが所蔵する、素朴派の巨匠アンリ・ルソーの大作『夢』。その名作とほぼ同じ構図、同じタッチの作が目の前にある。持ち主の大富豪は、真贋を正しく判定した者に作品を譲ると宣言、ヒントとして謎の古書を手渡した。好敵手は日本人研究者の早川織絵。リミットは七日間―。ピカソとルソー。二人の天才画家が生涯抱えた秘密が、いま、明かされる。(AMAZON解説より)』

  アンリ・ルソーといえばこの本の表紙にもなっている「夢」に代表されるような色彩豊かなジャングルや動物の絵を連想します。その遠近法を無視した、当時の主流の誰にも似ていない絵は「稚拙」であるとか「日曜画家」であるとか揶揄され、不遇・極貧のまま生涯を終えました。そしてその後も「素朴派」などと称され、決してその高い芸術性が理解されてきたとは言えません。そんなルソーの絵画を真に理解し高く評価していたのが、20世紀を代表する天才画家ピカソでした。

 そんな歴史的背景を良く知り、実際「夢」が展示されているニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務した経験のある著者は、おそらくこの絵に魅了され、美術関係のミステリを書くのならルソーを主人公しようと決めていたのではないでしょうか。そうとしか思えないほどの思い入れの深さを本作からは感じます。

 例えば作中作として登場する7章からなるルソーとピカソにまつわる古書。「夢」の中の女性ヤドヴィガをからませ、とても印象深く切ない恋物語となっています。そしてこの書を読むことにより謎の美術蒐集家が提示した「夢」と殆ど瓜二つの絵画「夢のあと」の真贋を判定させる、という、過去の美術ミステリではお目にかかったことのない斬新な手法。最初はさすがに違和感がありましたが、読み進むにつれ完全にその古書の世界へ引きずり込まれてしまいました。この書の舞台である20世紀初頭のパリへ入り込みたいという衝動にさえ駆られます。おそらく著者自身がそう強く願っているからに他ならないのではないでしょうか。

 そしてそんな純粋な絵画への愛情とは裏腹の、美術館、絵画オークション、蒐集家等の裏面も白日の下にさらしているあたりは、彼女自身の知識や経験に裏打ちされているのでしょう、とてもリアルでここまで書いていいのか、と思うほどです。

 敢えて言うと、古書の作者、謎の美術蒐集家の正体は途中でおおよその推測はつきますし、本文のプロットもそれほど凝ったものではなく、真贋判定の結末もやや中途半端で(まあ実在しない作品なので当然と言えば当然なんですが)、ミステリとしては物足りない面もあります。

 しかしそれを補って余りあるほどのキュレーターとしての該博な知識や経験に基づいた描写に圧倒されるとともに、画家やその作品への溢れるような愛情が素直に感じとれるところにとても好感を持ちました。20世紀フランスの近代美術に少しでも関心のある方には、お勧めの作品です。

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2011/07/28

小松左京氏を悼む

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)
 日本SF界の巨星が堕ちました。小松左京氏が7月26日、肺炎のため死去されました。享年80歳、謹んでご冥福をお祈りします。

 私の学生時代は日本SF界の黎明期でご他聞に漏れず私も夢中になって創元や早川を読んでいました。
 星新一筒井康隆とともに小松氏が御三家と呼ばれていましたが、小松氏の特徴を一言で言うと博覧強記、とにかくあらゆる分野で知らない事が無いのではないかと思えるほど該博な知識の持ち主でした。代表作の一つである「日本沈没」は当時の専門家をして「修士論文に匹敵する」と言わしめた、という記憶があります。

 代表作を一つあげろと言うのが無理だと思えるほど傑作を数え切れないほど著されましたが、私は途方も無いスケールで度肝を抜かれた「果てしなき流れの果てに」を推します。

 今回の東日本大震災とその後の原発事故に関して、「これは全て我々の世代の責任ではないのか」と悔やまれていたそうです。その思いを無駄にしないような形で新しい日本を築き上げていく事が何よりの供養になると思います。合掌。

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2011/07/11

音楽の在りて / 萩尾望都

音楽の在りて
 「ポーの一族」や「11人いる!」などの傑作で知られ、長年第一線で活躍しておられる女性漫画家、萩尾望都の小説集が出ました。それも30年前に雑誌奇想天外に掲載されていた小説の初書籍化だそうです。まるで表題の小説「音楽の在りて」のように遺跡を発掘していたら素晴らしい音楽が聴こえてきた、という趣のある素晴らしい作品群でした。 

『萩尾望都が祝福する世界に、私たちは生きている。
三〇年の時を経ていま甦る、ことばの芸術。
圧倒的な感性で紡がれた、著者唯一の小説集。

著者が二〇代のときに執筆、『奇想天外』に掲載されるや否や話題を呼んだSF小説を待望の書籍化。
人生賛歌ともいえる表題作に、豊かなる想像力に満ちあふれた傑作「ヘルマロッド殺し」。
そして、作者にとって永遠のテーマである「神への挑戦」と「自我の芽生え」を描いた中編「美しの神の伝え」など、
その後の名作マンガとも呼応する一二編を収録した、萩尾望都の原点的作品集。
*「ヘルマロッド殺し」と対をなすマンガ「左ききのイザン」も特別収録! (AMAZON解説より)』

 全体は三部構成に分けられており、Iは著者お得意のSF作品、IIではちょっとホラーがかっていたり、ユーモアに溢れていたり、私生活や当時の漫画の状況を取り巻く現実が描かれていたりとヴァラエティに富んだ作品群が収録されています。

 IIIは「美しの神の伝え」という一篇の中編小説となっており、「創生主=神」と人をテーマに、美しくも儚い、そして一皮剥くと実はむごい世界が、萩尾望都独特の哲学的叙事詩として圧倒的な筆致で描かれている傑作です。

 短編群に関しては、構成的にはブラッドベリの短編や星新一のショートショートの影響を受けている印象がありますが、透明感溢れる詩的で美しい文体は萩尾望都ならではのものでしょう。特に全体を通して感じられる漫画家ならではの絵画的な描写や美しい色彩のセンスは萩尾望都の面目躍如たるものがあります。
 個人的には冒頭の3作品、クローン人間を扱った「ヘルマロッド殺し」、漂流宇宙船で育てられた子どもを救出する「子どもの時間」、ESPが小学校に立てこもった34人の子どもを救出にいく「おもちゃ箱」の傑作3連発でノックアウトされてしまいました。

 20台でこれだけの小説「も」書いていた、萩尾望都、さすがです。

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2011/05/03

プリンセス・トヨトミ / 万城目学

プリンセス・トヨトミ (文春文庫)
 「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」と、関西系快(怪)作を発表してきた万城目学がついに本丸大阪に踏み込んだ大作「プリンセス・トヨトミ」です。映画化、TVドラマ化された前作に次いで、この作品もまた映画化され、5月末に公開されます。

『このことは誰も知らない―四百年の長きにわたる歴史の封印を解いたのは、東京から来た会計検査院の調査官三人と大阪下町育ちの少年少女だった。秘密の扉が開くとき、大阪が全停止する!?万城目ワールド真骨頂、驚天動地のエンターテインメント、ついに始動。特別エッセイ「なんだ坂、こんな坂、ときどき大阪」も巻末収録。 (AMAZON解説より)』

 行政、司法、立法の三権から独立した存在である会計検査院という特殊な組織に目をつけたところに著者の慧眼を感じます。その会計検査院の凸凹三人組が大阪出張する出だしはとても面白い。三人の個性も立っています。

 さすが著者の地元だけあって大阪の情景も通り一遍のステレオタイプなものではなく、大阪城をはじめとする上町台地から「島」と呼ばれる大正区まで微に入り細に穿ち、活き活きと描かれています。ただ、大阪を知らない方にはちょっと退屈すぎるのではないか、というほど長いのは良し悪しかもしれませんが。

 唯一惜しいのは、というか、根本的な問題かもしれませんが、肝腎のプリンセス・トヨトミや彼を守るはずの大阪国総理大臣の息子の描写に今一つ魅力が無い。それこそステレオタイプな学園ドラマの域を脱していない。これが惜しい。

 とは言え、クライマックスの盛り上げ方は上手く、映像化を明らかに意識しているように思います。最後の会計検査院側の種明かしもまずまず。

 とりあえず映画を見たいという気にはなります。公式サイトを見ると会計検査院の三人のうち部下二人は綾瀬はるか岡田将生が演じるのですが、原作でチビデブ男の方がはるかたん、日本とフランスとのハーフの女性が岡田君と、キャラが入れ替わるようです。ちょっと原作と雰囲気が変わるかもしれませんが、まあ見ての楽しみでしょう。

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2011/03/21

無縁社会

無縁社会
 彼岸の中日に悪趣味な、と言われそうな気もしますが、NHKで昨年放映され大きな話題を呼び流行語にもなった「無縁社会」です。私も断片的に観ていてある程度は知っていたのですが、今回書籍化されたのを機にその全体像を読んでみました。まずはNHK取材班の問題提起と地道な努力に敬意を表します。

『2010年1月に放送されて大反響を呼び、菊池寛賞を受賞したNHKスペシャルの書籍化です。身元不明として官報に「行旅死亡人」と告知された男の意外な人生、家族に引き取り拒否された遺体の行方、孤独死の現場を整理する「特殊清掃業者」など、急増する無縁死の周辺で起きている衝撃の事実を丹念に取材。家族や地域の絆が崩壊しつつある現代社会へ警鐘を鳴らします。(AMAZON解説より)』

 今回の東日本大震災の死亡者は既に7000人を超え、不明者も合わせると2万人に迫る日本の災害史上最大の大惨事となりました。一度にそれだけの犠牲者が出ると日本中上を下への大騒ぎになるのは当然ですが、本書に出てくる「行旅死亡人」は市井の片隅で、それも往々にして誰にも看取られずひっそりと亡くなっていきます。
 しかし、その数がNHK取材班が調べ上げただけでも全国で3万2千人にのぼるとなると、それはそれで衝撃的な事実であり、社会問題と呼んで支障ない数であると思います。

 自殺死亡者が年間3万人も出る国は異常であると「しのびよる破局」において辺見庸も述べていましたが、それに匹敵する人数が「不明者」として遺骨を引き取られる事も無くなっていく。何と言う荒涼たる風景。。。

 ここで個人的なことを述べさせていただくと、「行旅死亡人」と私の職業は決して無縁ではありません。この職業について30年余、多くの身元不明者が救急搬送され、そしてそのうちの何割かの方々は亡くなられました。そしてこの書に出てくるようにその人々の背景も昔に比べて随分様変わりしてきたように感じています。
 昔は大抵が社会からの「はぐれ者」、まともな職業につかず親兄弟から絶縁され放浪の末に病に倒れて運ばれてくる、というパターンが殆どでした。それが現在では随分様相を異にしてきています。例えば建設現場の寮に住み込み真面目に働いていて一応名前も分かっている人が、いざ病に倒れて入院してみると誰一人として身寄りが無い、または連絡が取れない、と言うようなケースが随分増えてきています。そのような極端な例でなくても、外来通院している方で一人暮らしをされておられる高齢者が随分増えています。

 もちろん3万人の中には今でも「はぐれ者」的な死も多いでしょうけれども、本書で取り上げられる孤独死例は高度成長期をコツコツと真面目に働き続けていたにも関わらず粗末な一人暮らしの部屋で、場合によっては死後何日間も発見されずに、亡くなられています。

 本書ではそのような無縁社会を「大家族制」から「核家族化」更には「単身化」という家族構造の変化から分析したり、戦後の個人主義の浸透や女性の自立(「おひとりさま」現象)に因を求めたりしています。ただ、これらの問題は社会構造自体の変化成熟や思想、人権にも関係している事項であり、一概に負原因と決め付けるわけにもいかないのではないかと思います。

 一方で驚異的なスピードで進む高齢化に追いつけない社会福祉、企業の容赦ない派遣切りや若者のワーキングプアなどは、待った無しで国が取り組まなければならない問題です。私の守備範囲である医療・福祉に関して言いたいことは沢山ありますが、とにもかくにも今の介護職の皆さんの収入が低すぎる。この給料水準が上がらなければ、将来的にいくらハードが(一見)充実しても、無縁社会の改善にはつながらない可能性が高いと思います。何故介護職が重労働であるにもかかわらず低賃金にあえがなければならないのか、NHKもそのあたりのカラクリを突っ込んでいけば、どんな利権が絡んでいるのか、誰が甘い汁を吸っているのか、とても面白い放送ができると思いますけれどもね。どこかから握りつぶされるかもしれませんが。

 話が随分横道に逸れてしまいましたが、「現場100回」というような警察の捜査にも似た丹念な取材の記録であり、やや悲観的であるものの現代と言う時代の生と死について深く考えさせてくれるノンフィクションでした。更に一言付け加えるならば、一章を割いて取り上げられているように、老人だけの問題ではなく若い方への警鐘でもあります。年代を問わず是非ご一読を。

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2011/03/04

Sunset Park / Paul Auster

Sunset Park
  昨年出版されたPaul Austerの最新作です。ペイパーバックが出るのを待っていたのですが、まだまだのようなので待ちきれずにハードカバーを買ってしまいました。ずっと9・11にこだわってきたオースターですが、今回はサブプライムローンの破綻にともなう大量のホームレス発生と経済危機に見舞われた2008年から翌年にかけてのフロリダとNYを舞台に設定し、現在のアメリカの一断面を描写しています。

 28歳のMiles Hellerは、フロリダで立ち退きで空き家になった家に残されたガラクタの品々を偏執的に写真に撮っています。それは立ち退かざるを得なかった家族が最後に残した痕跡。家族、そう、彼は7年前に家族から逃げ出した過去がありました。

 彼の父親Morrisは出版社を経営しており、若手女優のMary-Leeと結婚してMilesが産まれました。が、母は育児に馴染めず女優としての夢を追いかけ、程なく二人を残して西海岸へ去ってしまいました。Morrisの再婚相手のWillaにはBobbyという連れ子(義兄)がいました。高校時代のある日Miles はその義兄と路上で諠譁になり、彼を押し倒したところに偶然にも車が突然通りかかり、義兄は轢かれて死んでしまいます。

 その罪悪感をずっと胸に抱え続け、そして七年前のある日両親の口喧嘩を盗み聞きしショックを受けた彼は家を飛び出したのでした。全米各地を転々とし、フロリダにたどり着いた彼は空き家整理の仕事をしつつそのような写真を撮っていたわけです。その彼にまだ未成年の高校生Pilarという彼女ができますが、彼女の長女との諍いがもとで彼はPilarを守るためにどうしてもフロリダを去らなくてはいけない羽目に陥ってしまいます。

 絶対に親のもとへは戻りたくなかった彼は、失踪後も頻繁に連絡を取り合っていた友人Bingの誘いに乗り、彼の住むブルックリン地区サンセットパークにあるワケアリの家に転がり込むことになりました。実はこの家は相続税の関係である家族が手放し市の管理となったにもかかわらず、全てのライフラインが何らかの手違いでまだ通じているという空き家だったのです。ここにはAliceEllenという二人の女性も経済的困窮のため同居していました。当然不法占拠なわけですが、まだ市からの立ち退き請求は来ておらず、リーダーであるBingはその間はずっと居座るつもりでいます。

 話の骨子は以上のような事ですが、今回はMiles、Bing、Alice、Ellen、Morris、Mary-Leeと五人の登場人物を順番に章毎に主人公に据える構成になっており、彼等彼女等の抱える心の問題、現実的問題を描きつつストーリーは進んでいきます。
 そのような構成ですので、以前の大作ほどの重層構造やジェットコースター的展開はありませんが、相変わらずオースターのストーリーテリングの上手さや語り口は絶妙で飽きさせません。ハードカバーで300ページほどの長編ですが、ぐいぐい読み手をラストまで引っ張っていく力量はさすがです。

 博覧強記の彼の持ち味である薀蓄も健在であり、今回は大リーグの悲運の選手たちやウィリアム・ワイラーの傑作「我等の生涯の最良の年」などにスポットが当てられております。

 前回「Invisible」のレビューで、ややストーリーテリングやテーマにマンネリ化がしのび寄り、手垢のついた語り口になってきた、と書きましたが、今回はそういう意味ではちょっと趣向を変えてきたな、という印象を受けます。やや平板で淡々としてはいるものの(逆に言うと読み易い)、家族の絆の再生を軸に経済危機のアメリカの一風景を描いた佳品と思いますので、興味を持たれた方は是非どうぞご一読ください。

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2011/02/01

海炭市叙景 / 佐藤泰志

海炭市叙景 (小学館文庫)
 拙ブログの小説「雷桜」のコメントで勧めてくださった方がいて気になっていた小説なのですが、先日偶然書店で見かけ手にとりました。なんでも映画化されその評判が波紋を呼び、今回文庫本として復刻されたそうです。映画は先日発表されたキネマ旬報ベスト10で第9位に入っており一度観てみたいと思っていますが、残念ながらアート系の小劇場でしか公開されておらず、その機会がないのが残念です。ちなみにキネマ旬報1位は「悪人」が獲りました。おめでとうございます。

『海に囲まれた地方都市「海炭市」に生きる「普通のひとびと」たちが織りなす十八の人生。炭鉱を解雇された青年とその妹、首都から故郷に戻った若夫婦、家庭に問題を抱えるガス店の若社長、あと二年で停年を迎える路面電車運転手、職業訓練校に通う中年男、競馬にいれこむサラリーマン、妻との不和に悩むプラネタリウム職員、海炭市の別荘に滞在する青年…。季節は冬、春、夏。北国の雪、風、淡い光、海の匂いと共に淡々と綴られる、ひとびとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望そして希望。才能を高く評価されながら自死を遂げた作家の幻の遺作が、待望の文庫化。(AMAZON解説より)』

 明らかに函館市をモデルにした群像劇で、9話を一章として二章から成立しており、冬から初夏までを描いています。じつはこれだけでは未完であり、あと二章を追加して全四章で街の一年を描く予定だったそうですが、作者の突然の自殺によりそれはかなわぬ夢となってしまいました。

 実はこの小説が書かれた頃に函館に家族旅行に行った事があり、当時の記憶とオーバーラップするところも多々あり、遠い地方の話でありながら面白く読む事ができました。

 炭鉱の閉鎖や海運造船業の不況により人々の暮らしが不安定となり、市の中心部は空洞化し、周囲の村を合併しつつ外へ外へと新しい町が広がっていく20世紀末の地方都市。声高に語られる夢のような将来とは裏腹に人々の心は寒々としている。。。日本中の多くの街が抱えていた共通の問題を高所から語るのではなく、どちらかというと底辺に近い、或いは時代の流れに取り残されつつある市井の人々の平凡な日常を綴る事により表現した手法が当時の閉塞感を上手く表現していると思います。

 18話全てに異なる主人公が登場するわけですが、第一章の方は第一話で死んでしまう青年の事件がその後の話のいくつかに微妙な波紋を投げかけており、味わいがありました。その点第二章は9話が全く独立しています。作者がこの後の第三、四章をどういう風に処理するつもりだったのかが分からないので何ともいえませんが、個人的には第一章のやり方の方が好ましく感じました。
 失礼ながら取り立てて個性的な文体を持つわけではなく(第二章最終章は村上春樹もどきのようにも思います)、一つの話だけ取ってみるとその内容に魅力のあるものばかりではないので、積み重ねる話同士がある程度緩いつながりを持ち、かすかなさざなみのように共鳴する方が、読むものにも共感を呼ぶのではないか、と思うのですけれどもね。

 とは言ってももう作者は亡くなられたわけで、まことに惜しいと思います。ご冥福をお祈りします。

 映画では第一章第一話を含めて5作品ほどが取り上げられているそうですが、もしDVDで出れば是非観てみたいです。

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2011/01/21

日輪の遺産 / 浅田次郎

日輪の遺産 (徳間文庫)
 またまた映画化小説ネタなんですが、今年堺雅人主演で浅田次郎の「日輪の遺産」が映画化されるそうです。以前酷評した映画「地下鉄(メトロ)に乗って」も発刊後随分経ってからの映画化でしたが、これはそのまだ前と言う古い小説です。今回の監督の佐々部清さんが助監督時代最後の仕事が「鉄道員(ぽっぽや)」だったそうで、浅田次郎の小説には思い入れがあるのでしょう。私も浅田次郎の大ファンではあるのですが、先日の「マンチュリアン・レポート」がイマイチだったので口直しがてら読んでみました。

『帝国陸軍がマッカーサーより奪い、終戦直前に隠したという時価200兆円の財宝。老人が遺(のこ)した手帳に隠された驚くべき真実が、50年たった今、明らかにされようとしている。財宝に関わり生きて死んでいった人々の姿に涙する感動の力作。ベストセラー『蒼穹の昴』の原点、幻の近代史ミステリー待望の文庫化。(AMAZON解説より)』

 太平洋戦争末期の財宝探し譚という点では、上記解説の「蒼穹の昴」の原点というよりは「シェエラザード」の原点という気もしますが、どちらかというと宝探しよりも太平洋戦争末期から終戦直後の人物群像を感動的に描くことに主眼が置かれた、浅田次郎らしい泣かせる小説です。そういう意味では確かに「蒼穹の昴」の原点かもしれません。

  1992年年末の有馬記念、金策に四苦八苦し起死回生の賭けに出ようとしてし損なった不動産屋の丹羽は、その原因となった謎の老人とやけ酒を飲んでいたが、突然その老人が心臓発作を起こして死んでしまい、途方にくれてしまう。しかしその老人から託された一冊の古い手帳には、すぐそこに見える山中に終戦間際に秘匿した莫大な財宝が隠されていると記してあった。。。

 その死んだ老人は真柴という終戦当時の少佐で、敗戦を前に陸軍上層部から、マッカーサーから奪い取った財宝の秘匿を託された責任者であった。その作戦のメンバーは運転手の軍曹を入れて3名、秘匿にかり出されるのは女学生35名とその引率の教師。しかもその女学生たちに任務終了後青酸カリを飲ませてその秘密を隠匿しなければならないという指令が下るに及び苦悩する真柴。

 と、なかなか面白い導入部から始まり、1945年と1992年が交互に描かれる構成は緊密でスリリングに話は展開進行して行きます。描写には上手くそれぞれの時代の雰囲気を出しており、このあたりはさすがの筆力です。

 しかしマッカーサーがいよいよ財宝奪還に乗り出したあたりからやや話が単調でかつマッカーサー賛美的になり、ラストでついに過去と現在が交錯するところまで、浅田次郎にしてはやや面白みというかコクに欠ける印象を受けます。
 エピローグの女学生の語りに泣けるかどうかはそれまでの物語にどれだけ感情移入できるかどうかによると思うのですが、個人的にはあと一歩ストーリーの構成力が足りないのではないかと思いました。

 実際浅田次郎氏も文庫版あとがきにおいて、「若書き」で人物を使いこなせず文章の稚拙な部分もあり、今なら書き直したいところが多い、と述べています。それでも書き直さなかったのは

「へたはへたなりに涙ぐましい努力を払っている」

と感じたからだそうです。そう言われればそうですね(苦笑。若書きである事を差し引けば、良くできた宝探し譚であり人間ドラマであると思います。

 さて映画化ですが、そのような小説をどう料理するか。若書きで稚拙な部分をそのままなぞる必要はないわけで、「半落ち」等泣かせる映画の得意な佐々部清監督の手腕に期待したいと思います。それにしても堺雅人は超売れっ子ですね。。。。クヒオ大佐は笑わせてくれましたが、真柴少佐のイメージとはちょっと違うような。。。ま、期待して待ちましょう。 

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2011/01/11

白夜行 / 東野圭吾

白夜行 (集英社文庫)
 堀北真希高良健吾の二人が主役で東野圭吾の「白夜行」が映画化され、もうすぐ公開されるとのことなので読んでみました。集英社文庫で何と800ページ以上あり、辞典か!と言うほど分厚くて持ち運びにくい。1、2週間かかるかな、と憂鬱になるほどでしたが(苦笑、わずか二日で読めてしまえました。それだけ読者をグイグイ引っ張っていく力を持つ小説だとも言えるし、平易で読みやすい文章だとも言えます。

『前作「秘密」で、温かくて切ない物語を紡いだ東野圭吾が、今回は読む者の心を冷え冷えと切なくさせる。 1973年に起こった質屋殺しがプロローグ。最後に被害者と会った女がガス中毒死して、事件は迷宮入りする。物語の主人公は、質屋の息子と女の娘だ。当時小学生だった二人が成長し、社会で“活躍”するようになるまでを、世相とともに描ききる。2人の人生は順風満帆ではなく、次々忌まわしい事件が降りかかる……。当然ミステリーだから謎が隠されているわけだが、真相は途中で暗示されてしまう。しかし謎の存在などどうでもよくなるほどのスケールの大きさが読後に残る。(石飛徳樹、AMAZON解説より)』

 オイルショック当時からの世相を(ややとってつけた感はありますが)上手く絡めたり、カセットテープが記録媒体だったころからのコンピューターの進化を物語と同時平行で説明したりと、なかなか面白い仕掛けも周到に用意してあり、私のような世代には懐かしくかつ実感を伴って読めましたが、全体を覆う空気は暗く湿っており、どうしようもなく陰鬱。解説の馳星周が「ノワール」小説と表現している通りです。この小説にあえて「白夜行」という題名をつけた著者のセンスは見事だと思いますが。

 殺人事件の被害者の息子と、自殺する容疑者女性の娘は当時小学生。その二人の中学生、高校生、大学生、成人時代を克明に著者は描いていくのですが、その都度何かしら事件が起こり、著者は疑惑が主人公二人に向けられるように小出しに手がかりを示していきます。だから中盤にかかる頃には、一件接点のないこの二人が実は最初から、それもおそらくは最初の殺人事件の時からつながっており、次々と起こる陰湿な事件には悉く二人が絡んでいる、と読者は把握していきます。

 丁度コミカルなマジックで少しずつ種明かしをしつつ、最後にはあっと驚かせるというあの手口に似ているな、と思いながら読み進めていました。となると最後のあっというネタ明かしは何かと言うと、最初の殺人事件の真相と言う事になります。その真相を終盤で著者は垣間見せるのですが、主人公女性の仕組むその手段の陰湿で残酷でえげつないことといったら気分が悪くなってしまいます。

 この二人の小学生時代の家庭環境に彼ら二人の性根の悪さの原因があることには同情の余地はあり、しかも外堀を埋めるように事件を客観的に描写する事に終始し、この二人の真の心情は決して語られる事が無いため、彼らへの感情の移入度は読者の読み方に委ねられます。なかなか上手いやり方だとは思いますが、私は終始この二人には感情移入しにくかったです。

 ということで、19年にも及ぶ長い期間の二人の心の闇の深さを敢えて二人に語らせることなく終わってしまう事によってそれなりに深い余韻を残す小説ではあると思うのですが、ではこれを映画にすると、この心の闇を上手く描けるのか?19年の物語をどう取捨選択するのか?最初の殺人事件の原因となる背徳的・非倫理的な真相をどこまで描くのか?そして堀北真希はどの年代から上を演じるのか?いろいろと興味は尽きません。機会があれば劇場に出かけていって確認したいと思っております。

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2010/12/23

今年を振り返る(3) 書籍、展覧会編

Lempicka
はむちぃ: 皆様こん**は、今年を振り返るシリーズ第三回は一番地味~な書籍、展覧会編でございます。
ゆうけい: これこれはむちぃ君、身も蓋も無いことはイワンで余暇でごわす、だんだん。
は: ご主人様、書籍編だというのに漢字が無茶苦茶な上に方言が入り混じっております(-_-;)。
ゆ: 坂の上の雲にもいよいよ暗雲が漂ってまいりましたからな(暗。では早速今年の書籍レビューをリストアップしてくれんかなもし。

ノルウェイの森 / 村上春樹
しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか / 辺見庸
雷桜 / 宇江佐真理
マンチュリアン・レポート / 浅田次郎
オラクル・ナイト / ポール・オースター(柴田元幸訳)
The Road / Cormac McCarthy
生物多様性とは何か / 井田徹治
その日の天使 / 中島らも
夢十夜 / 夏目漱石
Invisible / Paul Auster
1Q84 BOOK3 / 村上春樹
ほったいもいじるな / 根本陽一
高村薫・藤原健 作家と新聞記者の対話
「坂の上の雲」と日本人 / 関川夏央

は: 話の流れで坂の上の雲関係で参りますと関川夏央様のご著書「坂の上の雲と日本人」がございますが、これはNHKドラマ「坂の上の雲 第一部」が終了した頃に書かれたものでございます。
ゆ: 第二部が今放映中ですし、来年も続きますし、今でも十分参考になると思いますから、是非お読みいただきたいですね。

は: その他にも今年は常連の村上春樹様、ポール・オースター様はもとよりほったもいいじるなのnemota様、映画から興味を示されたコーマック・マッカーシー様等々、ヴァラエティに富んでおりました。
ゆ: nemotaさんのご著書も大人気だったようで御同慶の至りです。夢の印税生活の第一歩ですね(^^♪。

は: 敢えて申しますといずれも単発的で、以前のカポーティオースター高村薫様のように、今年はこれにこだわって読み込みました、というところは無かったように思います。
ゆ: おっしゃるとおりですが、まあそんなに毎年疲れることはできん、というのもありますし(笑。その代わりといっては何ですが、残された人生の時間というものを考えて今年からチョコチョコと海外古典文学をおさらいしております。
は: ほう、で、今年はどのような?
ゆ: ゲーテトーマス・マンカフカなどドイツ文学を中心に読んでおりました。先日レビューした村上春樹の「ノルウェイの森」の主人公ワタナベがトーマス・マンの「魔の山」を読んでいたので丁度よかったですな。
ゆ: 療養所のレイコ先生に「何でこんなとこにそんな本持ってくるのよ」と怒られてましたね。
ゆ: ごもっともだと思いました(笑。で、映画ではカットされて残念でした。
は: 来年のご予定はお決まりですか?
ゆ: まあ今からがちがちに決めちゃっては精神的負担になりますので、ぼちぼち考えます。辺見庸が「しのびよる破局」の中でカミュの「ペスト」にこだわってましたから、これを読み返そうかとは思ってます。

は: では展覧会編に参りましょう。今年は下記の五つでございました。

林静一展@明石市立文化博物館
麗子登場!名画百年・美の競演展@兵庫県立美術館
レンピッカ展@兵庫県立美術館
ピカソ-円熟期の版画展-@明石市立文化博物館
ルノアール展@NMAO

ゆ: ちょっと少なかったですね。その中でもレンピッカ展は鮮やかな印象を残しました。
は: あとは明石市立博物館が2回ございますね。
ゆ: バイト先から近いし、割りとゆったりと見て回れるので、いいところを見つけたな、と思いますね。また企画モノがあればいってみたいと思います。
は: 逆に言うと京都や名古屋、東京といった遠方へはなかなか出かけていけませんね。
ゆ: 来年はフェルメールの地理学者が来るらしいんじゃが名古屋どまりみたいじゃ、ああ辛いのう。
は: とやや情けない終わり方ではございますが、第三部終了でございます。次回は最終回オーディオ編でございます。
ゆ: これまたネタが少ない気が(大汗。 

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