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2011/04/05

わたしを離さないで

Neverletmego
 2006年に紹介したカズオ・イシグロの小説「Never Let Me Go (邦題:私を離さないで)」の映画化です。去年この傑作がついに映画化されることを知り心待ちにしておりましたが、先月末に公開され、先日ようやく観ることができました。
 ちなみにこのブログのサイドバーに「ココログブックス」という欄があり、そこで「限られた人生を限られた環境の中で育ち生きていく人々の哀しみを一本のカセットテープに託して淡々と描いていく儚くも美しい作品」と紹介しておりますが、その通りの儚くもとても美しい映画でした。

『2010年 イギリス/アメリカ映画

監督 マーク・ロマネク   
脚本 アレックス・ガーランド 
原作/製作総指揮 カズオ・イシグロ 

キャスト
キャリー・マリガン
アンドリュー・ガーフィールド
キーラ・ナイトレイ
シャーロット・ランプリング

 寄宿学校「ヘイルシャム」で学ぶキャシー、ルース、トミーの3人は、小さい頃からずっと一緒に暮らしている。外界と隔絶したこの学校では、保護官と呼ばれる先生の元で子供たちは絵や詩の創作をしていた。18歳になり寄宿学校を出て農場のコテージで共同生活を始めた彼ら。やがてルースとトミーが恋を育むようになり、キャシーは孤立していく。その後、コテージを出て離れ離れになった3人は、逃れられようのない運命に直面する事に…。(シネマ・トゥデイ等より)』

 レビューするにあたって少々悩んだのですが、やはり主人公たちの正体を明らかにしないわけにいきません。ここから先はネタバレになりますのでご注意ください。まずこの作品世界のバックグラウンドを説明します。
 主人公たちは、おそらく下層階級の人間が金のために自らの体の一部を提供して作られたクローン人間です。目的は大人になってから人間に健康な臓器を提供すること。よって生徒たちは厳重に健康を管理され、18歳になるとコテージで共同生活を送るようになり、やがて来たりくる「提供」に備えます。また、希望すれば提供の前に提供者たち専任の「介護人」を勤めることもできます。いずれにせよ、通常は3回までの提供で彼らはその「使命」を終えます。

 このような臓器提供のためのクローン人間を描いた映画としては、スカーレット・ヨハンソンが主演した映画「アイランド」がありました。あちらはハリウッドらしくクローン人間が反乱を起こす結構派手なアクション映画となっていましたが、この映画ではクローンは唯々諾々と運命を受け入れていきます。このあたり、権利を堂々と主張するアメリカ人と、日本人の血が流れるカズオ・イシグロの諦観にも似た世界観との違いがよく出ていて面白いと思います。監督であるアメリカン人のマーク・ロマネクも日本映画ファンだそうで、原作の持つ世界観を忠実に映像化していました。

 そんなクローンたちのせめてもの願いは少しでも提供を執行猶予してもらうこと。そこから一つの伝説がまことしやかに語られることになります。それは、ヘイルシャム出身の心から愛し合う男女は経営者であるマダムに申告すれば3~4年間の猶予をもらえる、というもの。
 もちろんヘイルシャム以外の施設で語られる単なる噂であって、ヘイルシャム出身の3人は、コテージに来て初めて他の施設出身者のカップルからその真偽を問われ驚く始末。特に奥手のキャシーと癇癪持ちながら心優しいトミーが実は本当に愛し合うべきカップルであることを知りつつトミーを横取りしているルースの胸中は複雑でした。
 このルースを演じるキーラ・ナイトレイの抑制の効いた演技は見応えがありました。「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「プライドと偏見」で見せた堂々たる主演振りとは打って変わった憎まれ役の助演ですが、自分が小説を読んで描いていたイメージとなんのブレも無い演技で感嘆しました。
 特に仲間が噂で聞きつけた彼女の「ポシブル」(クローンのオリジナルの可能性のある人)をノーフォークという街で探す彼女の、ほぼありえないと理解しつつもわずかな可能性を捨てきれない憂愁に満ちた表情の演技は印象に残りました。

 もちろん主演の二人も見事な演技を見せます。特に3部構成の終章「終末(Completion)」。2回の提供を終え、次が最期と覚悟しているトミーを演じるアンドリュー・ガーフィールドと、図らずも長年介護人を務めることになり、ルースとトミーのCompletionを見届ける運命が待っていたキャシー演じるキャリー・マリガン、この二人の体現する悲哀は観る者の心に深く突き刺さり、そして静かな余韻を残します。
 特にこの二人に加えてもう体力が極限まで衰えているルースと3人で、浜辺に打ち捨てられた船を見に行く場面での三者三様の表情。
 そしてルースの最後の好意でマダムの住所を知り、猶予期間を懇願に二人で訪ねていくシーン。そしてやはりそれは単なる噂に過ぎなかったことをマダムとエミリ元ヘイルシャム校長から聞かされた際の二人の落胆の反応。
 そして帰路で大声をあげ子供時代以来の癇癪をおこすトミーと必死で抱きかかえるキャシー。どれもとても見応えのあるシーンでした。

 そしてもう一人語っておかなければならない名優がヘイルシャムの校長ミス・エミリを演じるシャーロット・ランプリング。第一部での矍鑠とした振る舞いと第三部での車椅子で二人にヘイルシャムの秘密を悲しげに語る場面の演じ分けは見事でした。それにしてもお年をとられましたね。自分の頭の中ではまだ「愛の嵐」の美貌と見事な肉体美のままだったので驚きました。

 そして、見逃せないのがこの主人公たちの演技を活かす見事な美術、カメラワークとその色彩。映画館で予告編を見た時その抑制の効いた色彩の美しさに期待感が膨らみましたが、今回全編を通してその期待が間違っていなかったことに深い感動を覚えました。
 第一部でのヘイルシャム寄宿学校の一見見事な建築であるけれども、それが内包する暗さ、第二部でのコテージのやや明るい色調と、ノーフォークの海(冒頭写真)のイギリスならではの彩度の低い冷感。そして第三部での浜辺に打ち捨てられた船のある海辺の美しさと、臓器提供の施設の無機質さ。

 ただ一点、個人的にこれは残念と思えたのが題名にもなっているジュディ・ブリッジウォーターの「私を離さないで」のカセットテープにまつわるエピソードの扱い。原作ではこの曲を聴きながら枕を抱えて踊る(ヘイルシャムでの子供時代の)キャシーを見つめて涙したのはマダムでした。映画ではトミーが買ってくれたことになっており、嫉妬心を抱きつつルースが見る設定になっています。三角関係の方を重視したのだと思いますが、原作では最後の猶予を求めてマダム宅を訪ねるところでの大事な伏線になっておりましたので、個人的にはその方がよかったと思います。また、キャシーは一旦このカセットをなくし、ある場所でトミーと一緒に探し出してあらためて購入するのですがその設定もばっさりとカットされたのも残念でした。

 先程も述べたようにハリウッド的劇的展開は無く、淡々と運命を受け入れていくクローンたちが原作通りに描かれていく、諦観に満ちた、ある意味日本的な映画です。できれば原作をお読みになってから観られた方が理解しやすいですし、感情移入も容易だと思います。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)

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コメント

原作そのままの雰囲気で良かったようですね。上映する映画館が限られてるんですよねえ。

投稿: moonriver_mac | 2011/04/05 18:53

moonriver_macさん、コメントありがとうございます。今回はカズオ・イシグロが製作に関わっていますから、原作の世界を忠実に映像化されていると思います。おっしゃるとおり上映館が少なくて私も遠征しました。良い映画なのに残念ですね。

投稿: ゆうけい | 2011/04/05 21:41

今日、福岡でみてまいりました。
原作は読んでいませんが、原作者、カズオ・オシグロ氏は、今は日本語を話せないとのことですが、それでも間違いなく「日本人」であると思いました。主人公たちが、「運命」を「諦観」して、静かに受け入れる姿は日本人には良くわかります。
映像も美しく、心に残る映画です。

ただ、本当にクローン人間が出現したら、不気味だと思いました。

投稿: mimi | 2011/04/14 17:08

mimiさん、コメントありがとうございます。本当に美しい映像の心に残る映画でしたね。現実的には臓器提供のためのクローン人間作成はありえないだろうと思いますが、差別や死生観などをはじめとしていろんな含蓄を含んだ設定だったと思います。

投稿: ゆうけい | 2011/04/14 22:22

この映画、私も気になっていました。映像が美しいということで見てみたいと思っています。ただ、クローン人間ということは、新聞評論を読んだ段階で予想できてしまい、実際にはまだ足を運んでいません。ところで話が変わるのですが、今回のネット規制法案についてどうお考えでいらっしゃいますか。私は、東北大地震のあとのNHKを含みメジャー報道機関の報道について大変大きな疑問を感じていました。チェルノブイリで放射線による発癌はなかったとか、耳を疑うような報道を教授たちが話していました。それに比べて、ネットでの専門家の書いたものは、第一原発事故の今後の経過予測や放射線についてもどれも納得のいくものでした。ネットではデマや嘘も多いですが、玉石混合を見抜き選ぶのも個人の自由です。
私は、今回の法案に非常な不安を感じます。地震直後からドイツ気象庁が発表していた福島原発周辺・日本周囲の風向きの動画、もずっとあとになってから日本の気象庁は発表するようになりました。福島原発が地震と津波と爆発のために、鉄骨むき出しのボロボロになってしまった姿を見たのもCNNのサイトです。私がその写真を見たあともしばらくは、日本のテレビでは、東電提供資料写真と隅に書かれた震災前の原発写真をニュースの時間に出していて、随分と違和感を感じていました。そして、日本のメジャー報道に失望を感じていました。それでも、中国と違ってネットがあるから、まだ良い、まだ日本には自由があると思っていました。
今回の法案についてゆうけいさんはどうお考えでしょうか。

投稿: おそのさん | 2011/04/17 11:27


ネット規制についてのサイトを書き忘れました。下記です。
まだ法案を作るよう要請している段階のようです。この段階で、潰さなくては、献金をたくさん出している彼らの要請が通って法案化されてしまうのではないかと思いのですが。

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html

http://www.soumu.go.jp/main_content/000110048.pdf

投稿: おそのさん | 2011/04/17 11:53

 おそのさん、コメントありがとうございます。悲しくも美しいとても良い映画ですので是非ご覧になってください。私も本を読んだときにクローン人間のネタ明かしが気になって読後感が今一つしっくり来なかったのですが、今回映画をみるに際して再読したところ、すんなりと主人公たちの健気さと悲しみが心に入ってきました。映画をみて映像の印象が得られたので、また読みたくなり、本当に偶然ですが、今日三宮のジュンクでペイパーバックを買ってしまいました。

 さて、ネット規制法案ですが、TwitterやFacebookでは大騒ぎになっていますね。私は絶対反対です。以前からネットには闇サイトやフィッシング詐欺などのさまざまな暗黒面がありそれに関して何か歯止めはかからないものかと思ったりもしていますが、それと今回政府が意図しているものは微妙に違いますね。おそのさんが言われるように、嫌な違和感を感じます。

投稿: ゆうけい | 2011/04/17 19:48

今夜、文庫本になった原作を読み終えたばかりです。ネットでこの作品関連のページを検索していてここに辿り着きました。はじめまして。自分の場合はこの「私を離さないで」は音楽から始まりました。まだ映画は観ていませんが、サウンド・トラックの「Never Let Me Go」をあるラジオ番組で聴いてその切ないメロディーと、唄っているのが私のお気に入りのジャズ・シンガーJane Monheitという思いがけない巡り合わせに何かしらの運命的なものを感じて早速原作を買いました。年甲斐も無く何度か泣いてしまいました。と、言うのもそこには少なからず今回の大災害から発生した放射能問題で偏見の目で見られている福島県の住民の苦悩と不運が重なった点を指摘できるかも知れません。そればかりでなく、このストーリーに語られる弱者と強者の図がそのまま現代の不条理として体現されいるかの様で何ともやりきれない気持ちになりました。映画はいずれDVDか何かになるでしょうからそれまで待っているつもりです。ゆうけいさんのコメントを見て何だかもう映画を見た様な気になれそうですが・・・。
ところで、映画の中での音楽はいかがでしたか?

投稿: G.I.Welles | 2011/05/01 23:13

G.I.WELLSさん、コメントありがとうございます。そうですか、Jane Monheitもカバーしているんですね。映画中ではオリジナルのジュディ・ブリッジウォーターの曲が流れましたが、あまり大袈裟な扱いはなく、それ以外の音楽は映像を邪魔しない程度の静かで控えめな扱いであったと思います。

投稿: ゆうけい | 2011/05/03 14:44

はじめまして!いつも参考にさせて頂いております。要望なんですが、ぜひ、あいうえお順か、日付順のインデックスを付けて、検索しやすくして頂けないでしょうか。検索窓だけでない、一覧検索がほしいです~。

投稿: くみん | 2011/06/09 15:54

くみんさん、はじめまして。コメントありがとうございます。要望にお答えしたいのはやまやまなんですが、ココログの機能にそれが無いので検索窓をつけた次第です。

一応映画に関しては、年末に「今年を振り返る」シリーズでその年レビューした映画をリストアップしています。

あとはカテゴリーかバックナンバーで探していただくほか無いんですね。申し訳ありません。

投稿: ゆうけい | 2011/06/09 22:16

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