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2011/11/28

TPP協定の医療分野に与える影響

 たまにはまじめな記事を。日本の将来がかかっているといわれるTTP(環太平洋戦略的経済連携協定)の話です。

 先日のAPECでTTP協議参加を表明した野田総理ですが、会合にはオブサーバー参加さえさせてもらえなかったそうで、本当に情けないですね。でもって、入るならTTP協定は全て守ってもらいますよ、てなことになりそうな気配十分です。となると、農業医療センシティブ項目(当該国にとって、重要かつ輸入の増加による悪影響を受ける品目)として例外項目としてもらいたいという日本の主張がまかり通るのか、はなはだ疑問です。

 農業が蒙る不利益は比較的理解しやすいし報道も多いのですが、医療分野のおける不利益はどういうものがあるのか?これに関する情報が乏しく、私の専門分野であるにもかかわらず、混合診療や外国人ナースの増加が進むのかな、という程度の認識しか持ち合わせていませんでした。

 そんな折、私の所属する県医師会からある程度のまとめが出ました。読んでみますと協定分野21分野中8分野に影響が出る。それも壊滅的な打撃を被る可能性が大。。。
 分かりにくいとは思いますが、簡単なまとめを抜粋して転載してみます。

1: 物品市場アクセス センシティブ品目も総て関税の撤廃・削減の対象とし、例外を認めない。

→ 医療の世界に市場原理が導入される。

4: SPS(衛生植物検疫) 措置の同等、地域主義の導入。輸出国の措置が輸入国と異なっても輸入を認める可能性がある、また病害虫発生国であっても清浄地域において生産されたものならば輸入が認められる。

日本独自の検疫上の保護水準を確保できない。

5: TBT(貿易の技術的障害) 安全環境保全の目的で定められた規格が貿易の障害とならぬようにルールを定める。またこの規格を策定するときに相手国の利害関係者の参加を認める。

→ 遺伝子組み換え産物等の表示が不可能となる。

6: 貿易救済(セーフガード措置) 同一品目に対するセーフガード(輸入急増のため国内産業に被害を生じる場合、産業保護のために一時的にとることができる緊急措置)の再発動を禁止。

→ 安価ではあるが、安全性と成分に疑問が残る薬剤や食品の増加。

7: 政府調達(いわゆる市場アクセスの約束範囲) 中央政府や地方行政等による物品・サービスの調達に関して、外国人と自国民に対し同等の待遇を与える。

→ 国公立病院等への薬剤・医療機器購入や人材調達問題に波及。

9: 競争政策 貿易・投資の自由化で得られる利益が、カルテル等により害されるのを防ぐため、競争法・政策の強化改善を行う。

→ ISD条項(国家と投資家の間の紛争解決手続)とも絡んで、我国の主権の侵害や国民皆保険制度の崩壊の危機。

10: 越境サービス貿易 国境を越えるサービスの提供に対する無差別原則、数量規制、形態制限の禁止、そしてそのラチェット(歯止め)規定(協定発行後自由化した規制水準を後戻りさせない)

保険・医療機器をはじめ数多くの分野で市場開放をし過ぎたと悔やんでも再度規制を強化することが許されない。

    専門家資格の承認
医師・看護師等の免許相互承認による医療の質の低下

11: 投資 ISD条項が含まれており、我国が医療等公益の利益のために新たに制定した政策によって、海外の投資家や企業が不利益を蒙った場合には、その投資家や企業が不利益を被った場合には、その投資家や企業から日本が訴えられることになる。

我国の国民健康保険制度を強化改善する政策をとった場合、アメリカの生命保険会社は民間医療保険市場が縮小されたと損害賠償請求訴訟を起こすことが可能。
 たとえば混合診療を一部でも認めれば必ずアメリカの保険会社が自費の部分の補填のために大挙して参入する。そしてその後、やはり混合診療は国民のためにならないからやめますということになれば、当然保険の市場が狭まるのでISD条項を使って米保険会社が日本を訴えることになり、損失分は国が払わなければならなくなる。

 
 まあこれだけ読むと、国民の健康を長きに渡って支えてきた国民皆保険制度は致命的な危機に瀕すること間違いなしです。とはいえ、いきなりの完全撤廃はないだろうし、デメリットだけではないことも事実でしょう。
 しかしまず「物品」である医薬品が手始めになり、やがてこれら総てが認められていけば、決して「後戻り」は許されないのです。省庁、政府もそれが分かっていてTPPに参加しましょうと言ってるのですから、いくらセンシティブ項目に指定しているとはいえ確信犯的な行動であると言わざるを得ないですね。

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2011/11/21

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒 スタンダード・エディション [DVD]
 三浦しおんの直木賞作品を映画化した「まほろ駅前多田便利軒」です。リーブル系の映画館でポスターを見て、観たいなあと思っていました。瑛太と松田龍平という、個性派俳優二人のキャスティングが期待を抱かせますが、まずまずの出来栄えでした。

『2011年 日本映画

監督・脚本:大森立嗣
原作:三浦しをん「まほろ駅前多田便利軒」

キャスト
瑛太、松田龍平、片岡礼子、鈴木杏、本上まなみ、柄本佑、横山幸汰、梅沢昌代、大森南朋、松尾スズキ、麿赤兒、高良健吾、岸部一徳

ペットの世話、塾の送迎代行、納屋の整理、そんな仕事のはずだった-。
東京郊外のまほろ市で、けっこう真面目に便利屋を営む、しっかり者の多田啓介。そんな多田のもとに、風変わりな同級生、行天春彦が転がり込んできた。1晩だけのはずが、行天は一向に出て行かず、多田はしぶしぶ便利屋の助手をさせることに。こうして、水と油のような2人の奇妙な共同生活が始まった。
多田便利軒を訪れるのは、まほろ市に住むくせ者たちばかりで、なんだかんだと彼らを放っておけない多田と行天は、やっかいごともしぶしぶ請け負っていたが、やがてある事件に巻き込まれていく-。
ともにバツイチ、三十路の男2人の痛快で、やがて胸に熱く迫る便利屋物語が始まる-。(AMAZON解説より)』

 ペットの世話、塾の迎え、バスの間引き運転がないかどうかの監視、そんななんでもない仕事に、風変わりな同級生が絡んできて仕方なく同居を始めたと思えば、夜逃げやヤクの密売などという思わぬトラブルが絡んできて、と、演出の仕方によってはコミカルなドタバタ劇にもなりうるストーリー展開ではあるのですが、そんな期待とは裏腹に結構ダークな色調でドラマは進んでいきます。

 そして裏に隠されていたテーマが実は、主人公二人の歪んだ親子のあり方だったりするあたり、感動する人もいれば、そういう映画ってちょっと食傷気味かなあと辟易する人もいると思います。
 この二人が喧嘩しては仲直りしたり、とんだトラブルに巻き込まれたりして、最後には過去の傷を引きずらず前向きに生きていこうとする姿はそれなりに良く描かれているとは思うのですが、演出がちょっと重いかな、と思いました。日本映画独特の「間」を大切にした演出と言われればそうなんでしょうが、その割には心に染み入ってくる度合いが少ないかな、と。
 そう言えば漫画の「フランダースの犬」が頻繁に映し出されて、

「主人公のネロが最後に死ぬのはハッピーエンドなのかどうか?」

という問いかけが一つの鍵となるのですが、面白くて分かりやすい分やや安っぽいかなと思わないでもありませんでした。

 さて、そのような内容はともかくとして、瑛太松田龍平はそれぞれにその個性をうまく出していたと思います。瑛太は、過去に引きずられ前に進めないまま、淡々と便利屋をこなしていく主人公の日常を、抑え気味の演技(演出)でうまく表現していました。松田龍平も変わり者でありながら実は彼も過去を引きずっているという役柄を、彼の個性そのままに演じていて、今の日本映画において貴重な人材だと再認識させてくれました。先日紹介した「探偵はバーにいいる」においてもそうでしたが、主役に絡む準主役をやらせると当代一かもしれませんね。

 ということで、やや地味でダークではありますが、佳作だと思います。特に主役二人のファンには必見でしょう。

評価: C: 佳作
((A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)

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2011/11/09

聖☆おにいさん(7)

聖☆おにいさん(7) (モーニングKC)
  イエス・キリストとブッダが現代の東京・立川で仲良く長期休暇をとっているという奇想天外な発想で、その日常を描いた漫画「聖☆おにいさん」の新刊です。もう早7巻目になるのですね。

『目覚めた人・ブッダ、神の子・イエス。下界での生活もすっかり板についてきた……というより、下界に馴染みすぎている“最聖”コンビの立川デイズ。「血の涙を流すマリア像」の秘話、天草四郎とイエスの涙なしには語れないやりとり……、などなど気になる話題盛りだくさん!! (AMAZON解説より)』

 今回もネタは盛りだくさん。ちなみに

両親ネタ: マリア様が氷川きよしファンで、処女懐胎のためキャンパスライフに憧れているだとか、泣くのをこらえると世界中のどこかのマリア像が涙を流すとか、ブッダの母が帰省してくるはずのブッダのために宮殿を買った、などなど

ゼウスネタ: 「ボカーン!」連発のゼウスのPVネタは最高。

ブッダの師匠のアーラーマ先生の卑屈ネタ

ムチリンダ君の脱皮進化ネタ

などが面白かったです。もちろんその他にもいつもどおり細かいギャグも仕込んであります。個人的にはアップル(知恵の実)のPCにイエスが感心するところ、ブッダが「ジーザス......!!」とつぶやくところなんか、笑っちゃいました。

 ということで絵もこなれ、話も安定して、安心して読めるようになった一方で、大きなネタはパターン化しつつあり、この先どれくらい続けられるのだろう?と、余計な心配までしてしまう第7巻でした。

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2011/11/07

ステキな金縛り

Sutekinakanashibari
はむちぃ: 皆様こん**は、本日の映画レビューは三谷幸喜様3年ぶりの映画「ステキな金縛り」でございます。
ゆうけい: はやいもので、以前レビューした「ザ・マジック・アワー」からもう3年も経つんですねえ。
は: 前回も三谷様自らTVなどで宣伝に走り回っておられましたが、今回も陣頭に立って宣伝しておられますね。あまりやりすぎると嫌味なものですが、御人柄か、許せてしまう感じがいたします。
ゆ: 多くの三谷人脈の人たちから慕われているとうに、本当に良い人なんでしょうね。離婚した小林聡美さんは「彼の奇人ぶりが過ぎて我慢の限界が来た」そうですが(苦笑。
は: まあそれはそれとして、先日はCX系で「ステキな隠し撮り」という宣伝ドラマまで作ってしまわれましたね。
ゆ: ようやりますな(笑、彼自身も自信のない映画監督役で出てましたね。それにしてもコンシェルジュ役の深津絵里のコメディエンヌ振りが切れまくっていて、彼女の意外な才能を観た気がしました。翌日に映画を予約していたものですから、いやが上にも期待が高まりました。
は: では、映画紹介に参りましょう。

『 2011年日本映画 東宝配給

監督と脚本: 三谷幸喜
製作: 亀山千広、島谷能成

キャスト: 深津絵里、西田敏行、阿部寛、竹内結子、浅野忠信、草なぎ剛、中井貴一、市村正親、小日向文世、小林隆、KAN、木下隆行、山本亘、山本耕史、戸田恵子、浅野和之、生瀬勝久、梶原善、阿南健治、近藤芳正、佐藤浩市、深田恭子、篠原涼子、唐沢寿明

「ザ・マジックアワー」の三谷幸喜監督が同作以来3年ぶりにメガホンをとり、法廷サスペンスやファンタジーの要素も盛り込んで送り出すオリジナル長編コメディ。三流弁護士のエミが、担当する殺人事件の弁護のため、被告人のアリバイを唯一証明できる落ち武者の幽霊・更科六兵衛を法廷に引っ張り出そうと奮闘する姿を描く。(映画.comより)』

は: いやあ面白かったですね。抱腹絶倒のコメディに仕上がっておりました。
ゆ: 突飛も無い発想をちゃんとしたドラマに仕立て上げる脚本、演劇的でありながら随所にお遊びの余裕を見せる演出、人柄を感じさせる暖かいエンディング、と、三谷幸喜の真髄が見事にスクリーンに展開されていましたね。三谷作品の最高傑作というキャッチもあながちオーバーでない気がしました。

は: 落ち武者の幽霊が法廷に立つなどという発想を映画にすることはよほどの力量がないと荒唐無稽で終わってしまいそうですが?
ゆ: さすがに演劇出身の監督らしく、設定や着想の妙、役者への演出指導で納得させてしまいましたね。
は: 幽霊を見える人と見えない人がいる、という設定、見えない人にどうやって幽霊の証言を伝える方法のユニークさ、法廷画家の巧い使い方など、
ゆ: 笑ってしまうけれど納得もしてしまうという感じでございました。

は: 主演の深津絵里西田敏行のご両人をはじめ、三谷人脈の俳優陣が役の軽重に関わらず、活き活きと演じられていたのも印象的でございました。
ゆ: まあ、一言で言って西田敏行の渾身の熱演で成り立っていたという映画でしたね。役者側で言うと、彼が荒唐無稽の設定を無理矢理納得させてしまった立役者と言えましょう。それに巧く深津絵里さんが絡んでいい作品に仕上がっていたと思います。
は: 深津絵里さんは前夜の髪の毛をアップにした細身の印象とは打って変わって、髪の毛をおろして可愛いかったですね。
ゆ: 三流弁護士が突飛も無い手で逆転無罪を狙う、という役柄を巧く演じていて、これからも三谷作品で活躍しそうですね。
は: 去年の「悪人」のシリアスな演技も、今回の180度異なった役柄も双方十分にこなせる事を証明しましたし、今後の活躍が楽しみですね。

は: その他のお方は如何だったでしょうか?
ゆ: 中井貴一さんが頑張ってましたね、さすがです。小日向文世さんも今回は美味しいところを持っていった感じがしました。深津絵里さんと同じく、コメディエンヌとしての才能を堂々と示した竹内結子さんも「怪演」で楽しませてくれました。
は: チョイ役では、私生活で幸せ一杯のはずの市村正親篠原涼子夫妻であこまで遊んでいいのか、という気もしましたが?
ゆ: まあ三谷さんだから許せるんでしょうね。個人的には深キョンこと深田恭子がチョイ役で出ていて嬉しかったです(^o^)。

は: 映画好きの三谷監督、古き良きハリウッド映画へのオマージュも忘れていませんでしたね。
ゆ: フランク・キャプラ監督の「スミス、都へ行く」「素晴らしき哉、人生」ですね。今の日本ではこの手のヒューマニティ溢れるコメディが少なく、こういうドラマを自分がこれからも作っていきたいんだ、というメッッセージが込められているんじゃないでしょうか。
は: 副題にして主題歌の「Once In A Blue Moon」もいかにも古き良きハリウッド映画的な曲でございました。
ゆ: 西田・深津コンビの歌はなかなかいい雰囲気を出していましたね。青い月という歌詞がありましたが、昔拙ブログでも紹介した事があるように「Blue Moon」はひと月に二回目の満月の事で、転じて表題は「極めて珍しい事」という慣用句なんですが、確かに幽霊が法廷に立つのは滅多にあることではないでしょうね(笑。

は: 敢えて言うと、強いて言うと、ここは今一つだった、というところはございますか?
ゆ: 「ステキな隠し撮り」で三谷幸喜深津絵里に無理矢理言わせてましたね。前半が長すぎる、エンディングがしつこすぎる(笑。
は: 前作「ザ・マジック・アワー」の時も、故市川昆監督から「いいけど長すぎる」というお言葉を頂戴しておられましたね。
ゆ: 確かに2時間半はちょっと長い気がしました。でもテンポ良く話が進んでいくので退屈はしませんでした。

は: では評価に参りましょう。
ゆ: 先程も述べたように、三谷幸喜は作り手の暖かい人間性を感じさせるヒューマン・コメディは第一人者となりました。多忙を極めておられるようですが、これからもじっくりと腰をすえて良い映画を作り続けていただきたいですね。

評価: A: 傑作
((A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)

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2011/11/04

海炭市叙景

海炭市叙景 [DVD]
 以前、自殺により夭折した作家佐藤泰志の小説「海炭市叙景」を紹介した事がありました。その時点で映画にもなっており観たいと思っておりましたがミニシアター系上映で残念ながら観る機会を逸してしまっておりました。レンタルになる事もないかな、と半分あきらめておりましたが先日レンタル屋さんにおいてあるのを見つけ、喜んで借りてきました。
 地味で暗めな映画であろうことは予想しておりましたが、静かに胸に染み入る、というよりはずっしりと重いものが心にのしかかるような映画でした。

『 2010年 日本映画 「海炭市叙景

スタッフ
監督: 熊切和嘉
原作: 佐藤泰志

キャスト
加瀬亮 小林薫 南果歩 谷村美月 大森立嗣 他

北国の小さな町・海炭市の冬。造船所では大規模なリストラが行われ、職を失った颯太(竹原ピストル)は、妹の帆波(谷村美月)と二人で初日の出を見るため山に登ることに……。一方、家業のガス屋を継いだ晴夫(加瀬亮)は、事業がうまくいかず日々いら立ちを募らせていた。そんな中、彼は息子の顔に殴られたようなアザを発見する。(シネマトゥデイより)』

 原作は冬から初夏にかけての18の短編で構成されていますが、本作は5話のオムニバス映画となっています。
 ベースとなる架空の街海炭市について簡単に説明しておきますと、函館市がモデルであり、実際ロケも函館で行われています。一昔前までは炭鉱や造船業で賑わっていたものの、それらの産業の衰退により、不況が押し寄せる一方で、再開発の波にもさらされている、そんな地方にはありがちな街です。よって、年末年始の楽しい時期にもかかわらずここに登場する人々の心は寒々としています。

第一話: まだ若い廃墟: 小説でもこの第一話が最も印象的でしたが、映画でも冒頭と終盤のクライマックスに登場する印象深い演出がなされています。特に二人が路面電車の線路を渡るシーンは、とても効果的に使われてます。

 造船所の大規模なリストラで解雇された兄と、一緒に暮らす妹には、大晦日に年越しそばを食べた後にはもう僅かな小銭しか残っていませんでした。そのなけなしの金で臥牛山(函館山)に登り初日の出を拝んだあと、兄は妹だけをロープウェイで下山させ、自分は徒歩で下りる事にしたのですが、その兄はロープウェイが終了する時間になっても現れません。待ち続ける妹の不安そうな表情が大写しになった後、スクリーンは暗転し、ここで初めて「海炭市叙景」のタイトルロールが現れます。

 海炭市の状況を説明することにより端的にこの映画の背景を説明するとともに、先程も述べたように、オムニバス映画を見事に収束させる役目を果たしています。

 もちろんこの話自体も印象深い良い演出がなされています。8ミリフィルムのような荒い粒子で描かれる船好きの兄妹の子供時代のシーン、解雇通知書で船の折り紙を作る兄竹原ピストルのなんともやるせない表情、そして兄の下山を待ち続ける妹谷村美月の憂いを含んだ表情。とても良い出来でその後のエピソードを期待させました。

第二話: ネコを抱いた婆さん: 産業道路沿いの再開発のため周囲の家が殆ど立ち退いたなか、一軒だけぽつんと残った家畜のいるボロ屋。そこに住むのは、周囲から臭い「豚の家」と非難されようと、立ち退き料吊り上げ作戦だと裏口を叩かれようと、親身に市の職員が説得しようと、頑として受け入れない老婆。現実的には決して明るい話ではないのですが、このエピソードだけはたくまざるユーモア、不思議な明るさがありました。

 驚くのはこの老婆を見事に演じきった中里あきさん。なんと函館に住む素人の方をオーディションで採用したのだそうです。プロ俳優のキャスティングにおいては堅実で奇を衒わない一方で、このような荒業が映画に新鮮な伊吹を吹き込んでいたのですね。

第三話: 黒い森: 星好きが嵩じてプラネタリウムで働く中年男(小林薫)。はじめは家計を助けるためだったのか、夜の仕事をはじめた妻(南果歩)はもうその世界にどっぷりつかってしまい、どうやら客と浮気している気配。いら立つ夫と、そんな二人に嫌気がさして口をきかなくなった息子。

 全体を通してやりきれない陰鬱さばかりが目立つ話で、小林薫がこんな暗い役を演じ、南果歩がこんな自堕落な女を演じた記憶はちょっとないですね。そのなかで唯一明るいシーンが、昔まだ家族が幸せだった頃に近くの林で3人が夜空を見上げ、満天の星の美しさに感嘆するところ。不況下の現在(映画の中での)と精神的にも物質的にも豊かだった時代の対比として上手い演出だと思いました。なお、頻繁にプラネタリウムにやってくる子供がいるのですが、その秘密が次の第四話で明らかになるという巧いリンクがなされています。

第四話: 裂けた爪: 地元の小さいガス会社の若社長(加瀬亮)は新規に始めた浄水器販売が巧くいかずいら立つ毎日。おまけに迎えた後妻の元同級生と浮気中。それを知って苛立ち、義理の息子に当たり散らし暴力を振るう妻。

 この物語がこの映画の中では最もじっくりと丁寧に描かれています。そして加瀬亮の演技がこの映画の白眉と言ってよいでしょう。苛立ち、怒り、暴力を振るい、そして泣く。これほど感情の起伏の激しい役を演じる加瀬亮は、私にとっては初めてでした。演技が巧いのはもう織り込み済みでしたが、彼の出演作の中でも1,2を争う名演技ではないかと思います。

 そしてまたも驚くのは、彼の後妻役も函館でオーディションをした素人さんであることと、それを感じさせない見事な演技指導と演出がなされている事。熊切和嘉という監督の映画を観るのは初めてですが、相当なやり手ですね。公式HPでのコメントで

絵葉書のような風景ばかりを切り取ったいわゆる観光映画にするつもりは毛頭ありません。例えば、長年潮風に晒され錆び付いたトタン屋根とか、例えば本物の生活者の節ばった手であるとか…そんなところに「映画」は生まれるような気がします。

と、述べているように函館を舞台とし、函館の市民の方々を多く採用しながら普遍性のある市井の人々の苦悩を見事に描ききっていると思います。

第五話: 裸足: 長年路面電車の運転手を務める男は偶然、東京に出たままだった息子を見かける。息子は仕事を探すために帰ってきていたのだが、父とは折り合いが悪く、実家には帰っていなかったのだった。息子は大晦日の晩、とあるバーに引き込まれ、そこでちょっとした事件が起こる。空けた正月に墓参りに出かけてばったりと父と出会い、バスの中で短い会話を交す。

 比較的淡々とした進行の中に地方都市の現実と世代間のギャップを描き、まさに「叙景」的なエピソードです。そして父親が正月未明に運転する路面電車に第三話と第四話の夫婦が乗っており、その電車の前を第一話の兄妹が横切るという演出が憎い。

 第一話の兄がどうなったかは敢えて伏せますが、第五話の息子が再び船に乗り海炭市を去る際に眺める臥牛山(函館山)の風景は胸に沁みるものがありました。

 思わぬ長いレビューになってしまいました。個人的にはとても印象に残る良い映画だと思いましたが、客観的に見るとあくまでも地味で暗い作品であり、万人にお勧めできる映画ではありません。できれば原作を読んでいただき、興味をもたれればご覧いただきたいと思います。最後にジム・オルークという音楽家が担当した音楽が映画にマッチしてとても良かったことを申し添えて終わりたいと思います。

評価: B:秀作
((A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)

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